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2013年4月 8日 (月)

ACT:87/今度はあたしが黒ぅてアヤシイ存在て。

 こんな目に遭いながら、とりあえず…といったふうにテレポートなんて非常識な手段でここまで跳んではきたものの、今になって夕美は考えた。
 連中は───目の前の部室で泥棒を働こうとしてる怪しい連中の方でなく───ろくでなしの父親と、その助手のほづみと、この原因を作った亜郎───の三人は、はたして夕美をここへ来させた後の作戦はいったい、どんなものを考えていたのだろうか、と。

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 身につけていたものはすべて消えた。連絡を取れるように、と持たされたはずのトランシーバーも当然のように消えてしまった。
 値段などは知らないが、もともとハイテク装備を誇るメディア部部長である亜郎の持ち物で、例によって夕美の父親の耕助がちゃっかり接収(よこどり)したものだった。
 裕福らしき亜郎にしてみればさして惜しい物ではなかったかもしれないが、預かったヒトのものをダメにして悪い事をしたと思う反面、正直、須藤家からの出費でなかった事にホッとしている夕美だった。…いや───。
 

 たとえトランシーバーがあったとして、これまでの行動を観る限り、果たしてウチの男どもがそこまで考えているとは思いがたい。どうせ行き当たりばったりで指示してくるつもりだったのだろう。

 そもそも夕美はフツーの、それもいたってフツーの女子学生である。格闘技の経験などないし、普段から興味もない。まして唯一の“特技”となってしまった超能力など、知識すらないから初心者以下、たとえば念じただけで相手を気絶させたり操ったり、なんかのSF映画みたいに落とした武器をスッと吸い寄せたりなんて芸当はできない。

 これまでだって、たまたまのドサクサ紛れで結果的に“悪者共をやっつけて”るに過ぎないのだ。

 そういう点でもっとも気になることは、『スイッチ薬』の持続時間だ。
 肝心の効き目がどれ位続くのか?正確な時間が判らないでは不安でしょうがないが、トランシーバー同様、テレポートする前に付けていた腕時計も消えていた。
《ち。わっざわざ何のために百円均一ショップまで買いに行ってんな…》
 夕美にしてみれば、まさか自分の身体だけがテレポートして来たとは思っていないので、初めての変身の時のように、身に付けていたものは何もかも服と一緒に消滅したのだと考えるのは当然だったが、実際には自宅の台所の床に一式、抜け殻のような状態で置かれたままだ。
 そしてトランシーバーも先の時計同様に、まだ体温の残る夕美の服の上に無造作にのっかっている。

 メイドin支那製で冗談みたいな安値だったとはいえ、曲がりなりにもちゃんと時間を計れる機械である。まして『1円でも節約』を信条に生きてきた“主婦”の夕美としては、使える道具をむげに失ったとなれば気分が悪い。

《まあ…クスリは今さっき飲んだばっかしなんやから、いくらなんでも少なくとも20分は残されてる筈やとは思う…。ただし、ほんまに一瞬でここへ跳んだのかどうか…?感覚ではたしかに一瞬みたいに感じたけど、どうにも怪しいモンやしなあ》

 マント代わりの暗幕を失敬した理科室にも公共の時計はなかった。中庭にはチャチな時計塔があった筈だが、ライトアップしてる筈もないので見えるわけもない。

「あ〜、うっとぉしい。そっれにしても、無っ茶させよるわ、ほんまに⋯そら、たしかに最初はあたしが間違うてクスリを飲んでもたっちう、不可抗力の事故かも知れへんけど、あとのはもぉ完全に確信犯、いや、人体実験やんか!」

 ほづみによれば、この “チカラ” は、飲んだ薬の分量や効き目と、発生するとてつもないエネルギー出力とはまったく関係がないという。
 薬を飲むという行動自体は本当に単なる “スイッチを入れる” 事に過ぎず、薬の濃度や量は、その持続時間と “いくつの” スイッチを入れるか…に関わっているらしいことが、夕美による貴重な“人体実験”で分かってきたという。

 とはいえ、そんな理屈など夕美にはどうでも良かった。
 一分一秒でも早くこんな状況から抜け出して、まだ未完成ではあるが、屋根のある自宅でこれまでの何もかもを忘れて普通の生活に戻りたいだけだ。

 そもそも、珈琲や紅茶を飲もうとする時、原産地や農薬までは意識したとしても、その豆や茶葉の育て方を気にする人がどれほど居るだろうか?
 なんにせよ超能力に関してはほづみや父親が夢中なだけで、夕美にとってはただ面倒なだけだった。理屈まみれな現状をいくら説明されようと、いま自分が置かれている不愉快な状況は、夕美の堪忍袋の圧力耐用をとうに臨界点まで引き上げている。
 さらにこれをメルトダウンさせるのはあまりにも簡単───というより、我慢しているのはこの状態から一分一秒でも早く開放されたいからに他ならない。

 いまの夕美の不快度を上げている要因は他にもあった。
 身を包んでいる暗幕は染みついた汚れがジットリとたまらなく埃臭く、身を包むのに充分な大きさだが無駄に重たく、留め具もないから気を抜くとすぐに肩口からはだけてきて鬱陶しい。
 かと言って金属さえ粘土細工のようにあしらえる今の夕美の有り余るパワーでは、ゴツい暗幕といえどもよほど手加減して扱わないと、すぐ安物のティッシュペーパーのようにちぎってしまうのだ。

《ううう。しんぼうや、もうちょっとの辛抱や…コレを片付けたら、全部おわらせたる…》

 明るいのは目先にあるメディア部の部室だけの、不気味に暗い廊下のものかげに身を隠しつつ、ブツブツと独り言をいいながら自分に言い聞かせながら、ひたすら募るばかりのイライラを必死に抑えていた。

 だが夕美は、ホコリクサイ暗幕の中の自分の身体が、いつしかぼんやりと淡い光を放ち始めている事には、まだ気づいていなかった。
 ───その時。

「わっっっ!! な、なんだ、お前は!?」

 その唐突な野太い声は、夕美の背後から浴びせられた。
 むしろ驚いたのは夕美の方だ。いくら暫定的とはいえ怪力があって、銃弾さえも跳ね返せる神懸かり的なチカラがあるとはいえ、どうやってこんな格好で “現場” へ突入したものか…と名案を求めて迷っている最中に、当の犯人の一味らしき男がいきなり現れたのだ。

 約5mほど向こう。同じ暗闇の中だが、声のする方を振り返った夕美が背にしている部室の灯りのおかげで、夕美の方からはその男の姿形くらいは視認できた。どうやらこの男、トイレからの帰りだったようだ。
 誰も居ないのをいい事に、ベルト開放チャック全開のスラックスの中へヨレヨレのワイシャツの裾を突っ込みかけたままのポーズで立ちつくしていたのでそれと知れた。

 もちろん、男の方も肝を潰していた。
 なんせ薄暗い廊下から生えるようにして大きな黒いカタマリが “ヌボっ”、と鎮座しているのである。
 人なのか?とは思うが、目を凝らしてみても闇に輪郭がぼやけて手足らしきものがない。
 しかもその影の前・後がよく分からず、こちらか向こうか、どっちを向いてるのかさえ判らないが、自分らがいま籠もっている所へ意識を向けているらしき事だけは何故か分かった。

 ふたつの理由から、トイレに行ってからで良かった、と男は思った。

 行くキッカケがなかなかできず、溜めに溜めた尿意だったから、もし行く前にコレに出くわしてたら間違いなく失禁していただろうし、よしんばそこでこらえられたとしても、こんなモノに出くわした後では、ただでさえ不気味な夜の学校のトイレなど絶対に行けたものではないからだ。

 しかし、ワッと自分が声をあげた事で、黒いカタマリはこちらを向いた。半分以上隠れてはいるが、顔があるようだ。

 人間だ。

 もちろん、反射率が皆無に近い暗幕をマントとフードにしたものだ。夕美の表情まではまったく分からない。
 でも、それまでは単なる黒いカタマリに過ぎなかったものが、布をまとった人間のカタチをしたものであるという雰囲気は見て取れた。あいにく、まわりが暗すぎた。
 しかし、裸足にスリッパを履いた白いふくらはぎと、マントの合わせ目から出た腕の白さはたしかに目に入った。
 だからこそ逆にいぶかしんだ。いずれにしても、異常な誰かの異様ないでたちには違いない。

(ほ……ホームレス?し、しかも変態…さんか!? でもなんでこんな所に!?)男は目が点になり、対処の仕様に困り混乱した。
 もともと諜報活動───というか、コソ泥の真似事などが専門ではない。
 情報部にでも所属している連中ならそういう講習や訓練もあっただろうし、敵に見つかった場合などに対しても、それなりの対処訓練を積んでいる筈だ。
 もっとも、専門家でも変態と突然出くわした場合の、専用の対処マニュアルがあるとは考えにくかったが。

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 どうする!? 相手は一般人かもしれない。いや、むしろ相手が何かのプロだとしたらむしろこっちがアブナイじゃないか!?
 自分は最低限の格闘技、護身術程度のレベルしか身につけてない───いや、それすらもロクにできないから、今こうしたアホくさい任務に就かされている───のだから──────戦闘などありえない。あってはならない。

 もともと武器すらも携行していない。
 今回の任務には許可が下りなかった…というよりも、想定外である。そういう質の任務ではないと誰もが思っていたから。

 どうする!?

 男はもう一度、自問した。
 異常事態が起こりつつあることに気付いたからだ。
 目標から、目の前の黒いカタマリの切れ目からボウッとした光が漏れ始めていたのだ。

 その時、男の脳裏をかすめた言葉は……。

 ほ・ん・と・う・に・・あ・れ・は……ににに・・に・ん・げ・ん・な・の・か?

 黒い“何か”の隙間から漏れていた淡い光はどんどん強くなっていく…。


《ACT:88へ続く》

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