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2016年2月 8日 (月)

ACT:88/ふたたび、変身

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 夕美は夕美で気が気ではなかった。まさか3mほど前にいる男が自分を“オバケ”と思い込んで恐怖のどん底へ落ちていようとは思いもよらない。
 大きな暗幕をまとって全身を隠してはいても、全裸の身体に布を単純に巻き付けているだけである。
 

 いくら分厚く巨大な布であろうとも、風呂上がりの裸体にタオルを巻いただけと変わらず、無駄に重たい素材でできた暗幕はしっかりつかんでいないと気を抜けばズリ落ちる。
 さりとて“スイッチ薬”で全身を見えないチカラの場で覆った今の夕美は、チカラ加減を間違えば暗幕などティッシュペーパーよりも簡単に引き裂いてしまうから始末に負えない。
 おまけに染みついたホコリとカビの臭いがたまらなく気を滅入らせる。

 人間が本来、着衣で居るべき場所に汚い布一枚のみでいると言う事がこれほどみじめで心細くさせるものだったとは思いもよらなかった。以前、自宅をナゾの外国人部隊に襲撃された際、パジャマで脱出して逆襲に転じたときとはケタ違いの不安感である。
 あの時の連中はみな拳銃を持っていたのに対して、この目の前の男はそうでないらしいが、身を隠せないまま対峙しているという状況の違いはいかんともしがたい。
 鼓動は高まり、アドレナリンはもう全身を何周も駈け巡っていた。きゃあ、と悲鳴を上げながら逃げ出したいのを、今の夕美はかろうじてなけなしの理性で自制しているに過ぎない。

 とはいえ、こうしてただ睨み合っていても状況は夕美に不利になるばかりである。もし相手が飛びかかってきたら?実は相手が拳銃などの武器を持っていたら!?
 この前はとっさに発動したサイコバリアのおかげで、まるでアメコミヒーローのように拳銃の弾丸を空中で止め、さらには圧倒的な破壊力で敵を排除する…などという陳腐なB級アクション映画みたいなマネができたが、それは本当の“たまたま”である。そもそも夕美自身がそう意識してやったことではない。
 あくまで偶然、あくまで“まぐれでそうなったから”助かったに過ぎない。ましてその後、そういう“練習”も“訓練”もやっていない。
 ここまでノコノコやってきたものの、今回も勢い…いわばノリでこんな所でこんな事になっているのである。
 そもそも、あの時と同じようにできる保証はどこにもない。今度こそ命を落とすかも知れない…いや、もしかしたら相手に大怪我させるかも知れない。あらためて、夕美は自分の軽挙妄動を後悔した。
 (ヤバイ、これはマジでヤバイで)気持ちばかり焦るが、どうすればあのときのように身を護ってくれる奇跡のサイコバリアが使えるのかすら分からない。何か事情を知っているであろう、ほづみや父親のサポートを受けようにも、肝心のトランシーバーもない。

 さいわい二人が対峙している廊下は、ろくすっぽ灯りもともっていない省エネモード状態で全体に薄暗いところへ暗幕をゆったりと被っている事もあって相手には気取られていなかったが、恐怖なのか、それともこれを武者ぶるいというのか、気がつくと夕美の張り詰めた気の強さとは無関係にいつからかヒザがガタガタと震えていた。

 一方、黒づくめの夕美に対して動物的な恐怖心で固まってしまっている───…さきほど携帯電話で自分の母親に間違い電話をしでかした東大寺という男だった───の方も、これまたアドレナリン由来の脂汗で全身をぐっしょり濡らしながら、逃げ出したいのをこらえつつ、必死に対処法を考えていた。

(どないしよう、ああ、どないしよう。ちうかコイツ、何やねん。敵なんか?…て、敵やとしたら、何者や。い、いや、敵でないにしても、なんでこんな時間こんなトコにうずくまっとるんや。それだけでも変やないか。く、くそう、たしかにコイツ、こっちをジッと見とる。ジイッと見とるがな…オレの出方をうかごうとるんか!? マントの中はまっ暗でなんも見えんが、たしかに視線は感じる。俺がニュータイプでのうても、それは確かに分かる!)

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 実際にはわずか数分ほどだったが、互いにアドレナリンで脳内加速された時間感覚には、対峙したまま数時間が経っていたように思えていた。
 東大寺は迷った。こうして迷っているヒマがあるなら声を上げて部室に残っている相棒───鴨川───を呼ぶべきか。しかしヘタに騒ぐ事で警備員などに気付かれてしまっては事が面倒になる。目的のデータ探しはまだまだ時間が懸かりそうなのだ。
(ま、まて、冷静になれ、冷静に…もしコイツが俺らの邪魔をしにきた何者かとして…そんならなんでコイツ、こんなトコでジッと部室の様子を見とったんや?さっさと押し入るなり、それこそ警備員とつるんで…いやそれ以前になんでこいつ、ポツンと独りなんや?いや、あくまでこの中味が人間やったとしての話や……が…。…あっ。)

 東大寺は、しまったとホゾを嚙んだ。冷静になって熟慮するつもりが、目の前の黒くうずくまってボンヤリ光を放っている“何か”が《もしかしたら“ヒトならざる物”かもしれない》という、恐れの出発点にループが完成してしまったのである。
 そのとき背筋を角氷が滑り落ちるように走った戦慄は、瞬時に彼の思考を真っ白なオカルト由来の恐怖で支配してしまった。
「く、く、くそぉおおおおお!」
 だが東大寺は逃げ出すどころか、恐怖の反動で逆に前へ飛び出し暗幕をはぎとろうと夕美につかみかかった。「お、おんどれなんかコワないわぁあああ!正体、あらわしさらせぇえええええ!!」

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「きゃ!」と肝をつぶし、それを避けようと身をひるがえした夕美の反応はまばたきよりも速かったがその拍子に暗幕のスソがヒラリとめくれた。
 パワーの発現で薄く発光し始めていた全身は、薄暗闇の中でも東大寺の目にシッカリと見えた。薄明かりにもまぶしい白さのふくらはぎ、ひざ、そしてフトモモまでがあらわになったその瞬間、あまりにも想定外の物を見た東大寺の目はカッと見開かれ、同時に恐怖と真逆のショックにショートしていた脳に理性が戻った。

 《お───おんな!?》

 1/2000秒にも満たない電光の刹那を見事に切り取って脳裏に焼き付け分析。東大寺の動物としての男の野生はそこにこそ残っていたと言えるだろう。
 同じ瞬間、夕美の脳裏をよぎったのは《女子高生、学校の廊下で全裸に暗幕をまとった変死体で見つかる》というニュースの見出しと(ああっ!──せめて、ぱんつとブラを!)という強い願いだった。

 そして、“スイッチ”が入った。

 間一髪、暗幕マントのスソをつかみかけた東大寺の手が空を切る。チッ、と思った刹那に彼が目にしたのは、鼻先でひるがえった暗幕のスソがまるで光を受けた砂金のようにキラキラと燦めきながら空中に溶けるように消える、CGのような光景だった。
 さらにその向こうにヒトのカタチをした光の塊が浮かび上がるのを見た。
 光は真昼の太陽のように強さを増しながら膨れあがり、まばゆさに思わず顔を覆った手は夏の陽にかざしたように赤い色に貫きながら、学校の中庭を昼間のように強烈なコントラストで映し出す。

 中心には、身体をくるんでいた分厚い暗幕をまるごと金砂に変えながら、まばゆい光の中へ自分自身も溶け込んでゆくのを感じている夕美がいた。
 
「お父さん、あれを!」そう叫んだのは亜郎だった。
「…おお、見た、見た!夕美や。あれは夕美が変身するときのサイコバーストに違いない…って、コラ亜郎、おまえまたお父さん言うたな!?」
 クルマで校門までかけつけた耕助、ほづみ、亜郎の三人は、真っ暗な校舎の奥の二階廊下が突然昼間のように照らし出されるのを目撃した。
「先生、亜郎君、漫才してる場合じゃないでしょ!早く!」既にクルマを降りて駆けだしてるほづみが振り向きつつ叫ぶ。
「イヤこれは大阪人の脊髄反射っちうもんで…って、ちょっと待たんかいほづみ君、シートベルトが外れへんのや!」
「先、行きます!あれ、部室前の廊下ですよ!」亜郎が後に続く。
「ちょ、ちょっと待てやお前ら、夕美に服を持ってったらんと、あいつハダカで…あ。あ、やばい!いろいろヤバイ!愛娘のハダカを見られるのもヤバイが、万一見たら見たで、あいつら二人のイノチがヤバイ!あかんあかんあかん」

 今の強烈な光に気づいた誰かが通報し、警官に駆けつけられて来られても困る。そもそも、こちとらも立派な不法侵入である。いずれにせよ、第三者に見つかりでもしたら面倒どころかタダでは済まなくなる事はコドモでも分かる。ぐずぐずしてはいられない。トランクから夕美のための適当な服をひっつかむと、耕助もふたりの若者の後を追った。
 もちろんその“適当な服”がアニメキャラのコスプレ衣装であることは言うまでもない。

 数秒とも数分とも思えた光は、音もなく迸(ほとばし)って発生した時と同じように唐突に消えた。それは東大寺にとって夕美の裸体の残像を脳裏に焼き付けたと同時に、強烈すぎる光は一時的ではあるが東大寺の視力を奪ってしまった。
 いくら目をこすりまばたいてみても、見える景色と言えば、白黒に2値化され明暗逆転のネガ状の背景に、黒い影となって焼き付いている怪しい残像のオバケでしかなかった事を悲しまずにいられなかった。

 夕美はと言えば、暗幕マントの臭く湿りズッシリとのしかかる重さが文字通り消え、今度はスースーとはするものの、身体にフィットする何かにシッカリと包まれていることによる安心感に落ちつきを取り戻していた。
 その安心感に思わずぎゅっと握ったコブシには、軽く突っ張るような、しかし覚えのある手袋ならではの独特な触感があった。そっとうす眼を開けると、はだけた筈の胸を隠そうと前で組んだ両手はいま、なまめかしいエナメル地のような艶やかな黒の素材でおおわれていた。さらに組まれた腕の間には馴染みのないサイズにふくらんだ胸の谷間───そしてそれがそこに確かに存在する、独特の重みと弾む感触。
 いつもなら腕を組んでも見えるはずのヒザもそのせいで見えなかった。

 その両手の甲に浮かび上がるピンク色の二重ハートのマークは視界と共に、バイザーの赤い色で染められていた。

 そして夕美はふたたび、スクランブル・ユーミンの姿に変身した。

 もう、暗幕がはだける心配はない。素顔を見られる心配もない。万一見られても正体はバレないので困らない。そしておそらくは、ちょっとやそっとの事ではかすりキズひとつ負わない。
 (よぉおおおおっしゃああああ♪これで文字通り、無敵のスーパーガールや♪)ふふ、と思わず笑いが漏れた。もう、クスリが切れるまでは怖いモンなんか、あれへんでぇ…と全身を逆転勝訴の悦びに満たしながらおもむろに男の方へ向き直った…が。

《ACT:89へ続く》

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